デス・オーバチュア
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「はいはい、この辺でやめにしましょうか」 背に漆黒の天使の翼を持つ青年は、終了終了といった感じに両手を叩いた。 彼の足下には半透明な水色の剣が突き刺さっている。 「なんだ、もう終わりかよ? ようやく興が乗ってきたて言うのによ」 黒い天使と向き合っていた、レトロ(復古調)な雰囲気の真っ黒な制服の青年が欲求不満そうな表情を浮かべた。 だが、すぐに『まあいいか』といった感じの微笑を浮かべると、両手にそれぞれ持っていた青い曲刀を両腰の鞘へと収める。 そして、近くの木の枝にかけてあった青い外套(オーバーコート)を手に取ると、マントのように羽織った。 「言っておくが、剣術だけでもまだまだ出し切れてねえんだ……次に死合う時は、俺の『全て』を出し切らせてくれよ」 「丁重にお断りしますよ。あなたとは二度と殺り合いたくありません」 黒天使は足下の剣を左手で引き抜くと、手品のように消し去って見せる。 「つれないことだ」 青年はコートの中から、ウィスキー(西方酒の一種)の小瓶を取り出すと、開封し口につけた。 そのまま一気に飲み干してしまう。 「ふううぅ〜、やっぱり死合いの後の酒は格別だな……どうだ、お前も飲むか?」 「遠慮しますよ。私は一人静かにワインを嗜む方が好きなので……」 「はっ、気取りやがって……まあいい、じゃあな、死合いたくなったらいつでも尋ねてこい」 青年は二つめの小瓶を取り出し、開封し口付けながら、夜の闇の中へと消えていった。 今朝のハイオールド家の人口密度は昨日に比べて急激に増えていた。 「ルルルルルルルルルルルルルルル〜♪」 鳥の鳴き声のような綺麗な声がリビングルームに響く。 「駄目よ、姉様! 捨ててきなさい、その馬鹿鳥をっ!」 クロスが珍しく最愛の姉に対して強い口調で命じた。 「ルルル〜?」 「クロス、馬鹿鳥は失礼だぞ。彼女は人間だ……と思う多分……」 向かいのソファーに座っているタナトスが言い返す、後半はかなり自信なさげだったが……。 「アウローラ〜、馬鹿違う〜♪」 タナトスの首に背後から抱きついている朱色の髪と瞳に赤いシャツとスカートの女性が、楽しげな笑顔を浮かべたまま一部を否定した。 「鳥の部分は否定しないのかよ」 まるで対抗するかのように、クロスの首筋に背後から抱きついているストロベリーブロンドの吸血鬼が面白そうに笑う。 「馬鹿じゃないのなら、鳥みたいにピーピー鳴くのやめなさいよ、耳障りなのよ!」 「ピィィィィィィィィィッッ〜♪」 アウローラは無邪気な笑顔を浮かべながら、クロスの指摘した通りの鳴き声をあげた。 「喧嘩売ってるの、あなた!?」 「ピィ? リリリリリリリリィィィッ〜♪」 「鳴き声の種類を変えろって意味じゃないっ!」 「ルルウウウウウウウウウウウッ〜♪」 クロスがムキになって怒れば怒る程、アウローラは楽しげに鳴く。 「くっ……焼き鳥するわよ、この阿呆鳥……」 「アホウドリ〜? アウローラは信天翁と違う〜♪」 「何が違うのよ! 阿呆鳥でしょう、あなたは!」 「だから、違う〜♪」 アウローラが顔は笑顔のまま、抗議を繰り返した。 「違わない! 阿呆よ、あなたは!」 「違う〜♪」 「ああ、違うぜ、こいつが言っているのは鳥の種類の信天翁(アホウドリ)だな。で、ご飯が言っているのは阿呆……愚かな……つまり馬鹿な鳥って意味だな」 ストロベリーブロンドの吸血鬼、暁月魔夜が二人の擦れ違っている部分を指摘する。 「ああ、そうなの?……て、ご飯って呼ぶのはやめてって言ったでしょう!」 「ディナ……」 「ディナーも駄目!」 「なんだよ、じゃあ、恋人とか花嫁とか呼べって言うのか? そういう気取ったのはあんまり好きじゃないぜ」 「そっちはそっちでもっと問題外よ!」 クロスは体を左右に振って、魔夜を振り落とそうとした。 「あはは〜っ、振り回されても楽しいだけだぜ」 「……本当に仲がいいな、お前達……」 タナトスの目には、クロスと魔夜はじゃれているようにしか見えない。 「違う、姉様! あたしは……」 「ああ、ラヴラヴだぜ〜」 魔夜は、楽しげに、意地悪げに笑いながら、クロスの弁解を潰した。 「ラヴラヴ素敵〜、アウローラもする〜♪」 アウローラがより強くタナトスを抱き締め、頬をすり寄せてくる。 「こ、こら、よせ……んっ……」 「ああっ!? この馬鹿鳥、姉様に頬ずりするなんて……」 「ああ? なんだ、やって欲しいなら、私がしてやってもいいぜ。ほれほれ〜」 「うぎゃああっ!? やめて気色悪い!」 「気色悪いは酷いぜ。それに、嫌がられたらもっとやりたくなるのが、人間なら当たり前の習性だぜ! おらおらっ!」 「ぎゃああああああぁぁっ!」 魔夜は、クロスが悲鳴をあげればあげる程、頬を、両手を、体を楽しげにすり寄せた。 「お、お嬢様!?」 紅茶一式を乗せたトレイを持ってリビングに入ってきたファーシュは、トレイを放りだし、主人の元へと走る。 「この害虫っ! お嬢様から離れなさい!」 ファーシュは、いつのまにか両手に握っていたモップを、迷わず魔夜の脳天を狙って振り下ろした。 「やべ……」 魔夜は瞬時に赤い蝙蝠に変じると、宙へと逃れる。 「えっ、ファーシュ? ぐふはあああっ!?」 勢いの止まらないモップは、そのままクロスの頭部に派手に誤爆した。 「お嬢様あああああああああああああああぁぁぁっ!?」 ファーシュのこの世の終わりのような悲鳴がリビングに響く。 「わ、私は……なんということを……」 「うわ、ひでぇ……主人に手をあげたぜ、このムラサキメイド……」 人型に戻った魔夜が、自分のことは棚に上げて、ファーシュをとんでもない奴だといった感じに非難した。 「あ、あなたが避けたからいけないんです!」 「うわ、他人のせいにするのかよ? 最悪なメイドだぜ」 「うっ、だ、黙りなさい、害虫吸血鬼!」 ファーシュは魔夜を睨みつけながら、モップを振りかぶる。 「おっ、やるのか、主人殺しのムラサキメイド?」 一瞬背中に両手を隠したかと思うと、次の瞬間には魔夜の両手に二丁のハンドガンが握られていた。 ファーシュと魔夜は、文字通り一触即発といった感じで睨み合う。 「……ま……まだ、死んでないわよ……」 今にも息が途絶えそうなクロスの声は、互いに相手に注意を集中しているファーシュと魔夜には聞こえていなかった。 「……で、これは何の茶番だ?」 ガイ・リフレインはファーシュが放りだしたトレイを片手で持ちながら、騒ぎに参加せずにソファーに座っているアルテミスに尋ねた。 「ケーキ、ケーキ〜」 その質問に対してのアルテミスの答えはこれである。 「ん? ああ……」 ガイは、トレイをテーブルの上……アルテミスの前に置いた。 トレイの上には紅茶だけではなく、ケーキも数個乗っている。 「ガイが地面に落ちる前に拾ってくれて本当に良かったよ〜」 アルテミスが幸せそうな表情で、チーズケーキに手を伸ばす。 「…………」 トレイを拾ったのは偶然だった。 起きたばかりのガイが、騒ぎのうるささに惹かれるようにリビングの前までやってくると、丁度ファーシュがトレイを放りだし駆けていく所で、ガイは反射的にそのトレイを拾ってしまっただけである。 「んっとね……ペットは蝙蝠さんと鳥さんのどっちが可愛いかって話だったかな?」 アルテミスはチーズケーキを幸せそうに頬張りながら、騒ぎの原因を今の一言で済ませてしまった。 「にゃはは〜」 アルテミスの頭の上にちょこんと乗っている黒猫が、笑うかのように鳴く。 「あ、猫さんも食べたいの?」 「にゃああ〜♪」 黒猫はテーブルの上に降り立つと、ケーキをねだるようにあ〜んと大きく口を開けた。 「はい、猫さん〜」 「にゃあ〜♪」 アルテミスは小さく切り分けたケーキを黒猫の口へと持っていく。 「……たく、何がにゃあ〜♪だ……」 ガイは、甘える黒猫と、甘やかすアルテミスから視線を外した。 黒猫の正体を知っているガイとしては、とても見ていられたものではない光景である。 ガイと記憶や知識を共有するアルテミスも、おそらく黒猫の正体は知っているはずなのに、アルテミスは普通の猫のように黒猫……蒼穹の魔女アニスを可愛がっていた。 「ふん……」 ガイは改めて部屋全体に視線を向ける。 互いに相手の出方をうかがって睨み合っているメイドと吸血鬼、頭から血を流してソファーを赤く染めている銀髪の少女、そして、朱色の髪の女性に抱きつかれて困っているクリア国の死神が居た。 この中でまったく見覚えの無い人物は一人。 この家の主である銀髪の少女と黒髪の死神は以前に会っているし、会う前から名前や噂ぐらいは知っていた。 あの吸血鬼少女とは、昨夜やアルテミスを迎えに来た……結果には泊まることになったが……時に顔は合わせている。 だが、あの薄い朱色の髪の女性にはまったく見覚えがなかった。 「……いや、だが……何か覚えがあるような気が……気配を知っているのか?……」 「ガイ? どうしたの?」 「……いや、気のせいだ……あんな妙な喋り方、あんな鳥みたいに鳴く女は知らない……」 ガイはアルテミスの隣に腰を下ろす。 「ガイもケーキ食べる? みんな忙しそうだから、食べ放題だよ」 チーズケーキを食べ終わったアルテミスは、次はストロベリーショートケーキに手を伸ばした。 「にゃにゃ〜」 黒猫がマロンケーキにかぶりついている。 「……それなら、そこのブルーベリータルトをもらおうか」 「了解〜。はい、ガイ、あ〜ん」 アルテミスはフォークでブルーベリータルトを切り分けると、一切れをフォークに刺し、ガイの口元へと運んでいくのだった。 その頃、ルーファスは、仕事場である庵に居た。 「まあこんなところか……」 ルーファスは、刀身の輝きを眺めていた剣を鞘へと収める。 「……ルーファス様?」 「あん?」 座り込んでいるルーファスの三歩後ろに控えるように立っていた金髪の女性……光の女神ヘスティアが主人に声をかけた。 「私……あのアンブレラという方に覚えが……あるような気がするのですが……」 「ああ、あいつか……お前の刀身に亀裂を入れた傘女……」 ルーファスの顔が不愉快げに歪む。 相手が『魔皇剣・四暗刻』ならば神剣ライトヴェスタに亀裂が走るのも無理はなかった。 だが、それはあくまで、四暗刻の力であり、あの傘女の力ではない。 それに、あの亀裂は正確には四暗刻によって与えられたものではなく、ルーファスの注ぎ込んだ莫大な光輝の処理に、ライトヴェスタの処理能力が追いつかず、オーバーヒート、自滅的に発生したダメージの証だった。 「はい、魔皇剣ではなく、あの方自身の強さ……力と気配に覚えがあるような気がするのですが……」 「俺はあんな傘女、まったくこれっぽっちも記憶にない。おそらく、俺と契約する以前じゃないのか、お前が出会ったのは……?」 神剣の契約とは互いの同化に等しく、ルーファスは知ろうと思えばヘスティアの全ての記憶や知識を知ることができるのだが、欠片も興味がないのか彼はまったく知ろうとはしない。 ゆえに、ルーファスはヘスティアの過去のことをいまだにまったく知らないままだった。 「……かもしれません……思い出せそうで思い出せない……」 「ああ、そう言うのはスッキリしないよな……まあ、とりあえず俺の中へ戻っていろ。その方が治りも早いからな」 「はい……」 ヘスティアは嬉しそうに微笑すると、金色の光輝に転じ、ルーファスの左手の甲に吸い込まれるように消えていく。 「ふむ、自分の剣にはそれなり優しいのだな」 いつの間にか、部屋の中に黒一色の制服の美人が入ってきていた。 「ああ、俺は武器には優しいぜ。ちゃんと愛しているしな、あくまで武器(物)としてだがな」 ルーファスは意地悪げな微笑を浮かべる。 「ふっ、愛か……」 黒い制服の美人……剣の魔王ゼノンは失笑した。 「笑うなよ……ほら、頼まれていた剣だ」 ルーファスは座ったまま、手にしていた剣を背後のゼノンに投げ渡す。 「……ほう、オリハルコン製か」 ゼノンは鞘から抜いた刀身を一目見て、材質を言い当てた。 「ああ、隕鉄とどちらにするか迷ったがな。別にあの天使の時と違って、無属性に拘れとは注文されてなかったんでな……切れ味や粘りよりも、丈夫さを優先してオリハルコンにした」 「問題ない。オレが全力で扱っても、折れない、壊れないことが最優先だからな……世話をかけた、礼を言う」 ゼノンは剣を鞘へと戻すと、腰に下げる。 「ところで、アンブラだか、アンブロシアだかがどうしたとか話していなかったか?」 「アンブロシア(神々の食物)じゃない、アンブレラ、日傘だか雨傘だか知らないがとにかく傘だ、傘女……」 「……アンブレラ……?」 「ああ、本人がそう名乗ってやがった。わざとらしくアンブレラを武器に使いながらな……」 アンブレラのことを思い出したのか、ルーファスの表情がどんどん不機嫌になっていった。 「傘を武器に使う女……?」 ゼノンは顎に手をあて、考え込むような仕草をする。 「ん、俺、女だと言ったか? まあ、この名前じゃあ普通は女だと思うか……」 「傘……アンブ……もう少し詳しく話してくれ、ルーファス」 「ああ? まあ、別にいいが……できれば、あの傘女のことは思い出したくもないんだよな……」 嫌そうな顔をしながらも、ルーファスはアンブレラと出会った夜のことを、覚えている限り全てゼノンに語った。 「……まさか……しかし、そう考えると……」 「ああん、どうかしたのか?」 「……いや、何でもない……」 ゼノンは入口へと踵を返えすと、無言で歩き出す。 「なんだ、試していかないのか? 相手になってやってもいいのに」 「ライトヴェスタは大事な剣なのだろう? かといって、その辺に転がっている『適当な剣』では相手になるまい……試しは実戦ですることにする……」 ゼノンは振り向きもせずにそう答えた。 「はっ、まあ好きにすればいいが……まさか辻斬りでもするのか? 剣の魔王様ともあろう者が……」 ルーファスがからかうように言う。 「……いきなり、この剣を折ってしまうかもしれないが……その時はすまない……」 それに対してのゼノンの答えは予想外のものだった。 「ああっ!? 何言っているんだ、お前!?」 「オレと互角……いや、オレ以上かもしれない奴が相手だからな……」 ゼノンは冗談ではなく、本気で言っているようである。 「はあっ? お前と互角の存在なんて俺とファージアスの馬鹿以外に居るわけが……」 「ではな、生きていたらまた会おう」 「て、おい……」 ゼノンは、困惑しているルーファスを置き去りにして、さっさと姿を消した。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |